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011 ミ ャ ン マ ー 駆 け 足 旅 行 記

2005年4月14日

バンコクで水掛祭りを楽しんで、空路ヤンゴンに到着した。雑木林や雑草地帯に囲まれた小さな国際空港で小型機が多い。入国審査も無事完了し、荷物はバンコクに半分置いてきたのでリュック一つのため、早急に待合い広場に出た。

私の名前を書いたプラカードを持った可愛らしい女性が迎えてくれた。目鼻立ちの整った頭脳明晰そうなスタイルの良いPLGのスタッフTちゃんと言う女性でした。

出迎えだけは美人で、日本語も堪能な人を出してきたなと思っていたら・・・私がスルーガイドのTです、よろしくお願いします。・・・と言われてラッキーと思った。

専用車でヤンゴンの街に出ると、お正月を迎える水掛祭りで大盛況であり、水道管直結のホースで、車に人に水をかけて、かけられた人もかける人も大喜びであった。人間の心まで洗われるような気持ちになった。(タイと同様に楽しい祭りである)

車で市内のシュエンダゴオンパコダを見学した。始めて見たパコダは広大な境内に、金色に輝く塔や仏像が沢山あり驚いた。お釈迦さまの遺髪・・・・?言い伝えだから信じましょう!

ニャンリンさんの家の近くで、歩道一面に餅ダンゴをグループごとに作り、自分達で食べたり、人に気持ちよく振舞ったりして祭りを楽しんでいた。私もダンゴ作りに参加し、ご馳走になった。あんこの代わりにサトウキビの砂糖が入り、とても美味しかった。異国人の62歳の私に心優しく迎えてくれたことに感動した。

その後ヤンゴンのパコダをいくつか見学したが、仏塔の中心にはそれぞれの遺物埋葬され、四方には必ず仏像が安置されており、信者たちが仏像に金箔を張り付けている。信心深い国民であると思う。

昼食と夕食はシャン モウ ミュで食事した。

一泊目のホテルは狭くて窓やベランダ等が汚れており、エアーコンも利かず、夜中に窓を開けて寝たら、体中虫に食われた。

2005年4月15日

早朝に空路バカンに飛んだ。空港内にも、街の路線バスにも、神奈川中央交通(株)の中古バスが沢山走っているのには驚いたし、神奈川の自宅に帰ったように懐かしい気持ちになった。

アウンミンガラホテルに荷物を置いて、バカン遺跡観光に出かけた。Tちゃんはどこかの民族衣装に着替えていたが、とてもよく似合って可愛らしさが増した。私にも慣れてきたようで、私のことを「お父さん!お父さん」と呼ぶようになった。私は嬉しかった。本当の娘だったら、娘のしたいことは全てやらせてあげたいと思う。大学で英語を勉強し、お寺で日本語を習得し、流暢な英語と日本語を話し、ガイドをしたり、通訳をしたり真面目に働きながら、目標や夢を持った女性である。

11世紀のバカン王朝を代表する最大のアーナンダ寺院は雄大で美しい建築物が現在までこのように残されていることにも感動した。また、次から次えと由緒あるパコダや寺院を見学し、Tちゃん説明してくれたが、外壁面をペンキや金箔でなくレンガ色は歴史を感じ威厳があり、私は好きだ。円形のもの、四角いもの、本当に多種多様なパコダを見ることが出来た。

バカンの平野に無数に点在するバカン群はアンコールワット群をはるかに凌ぎ、世界最大規模の仏教遺跡であることに納得できた。

出来る事なら、天気の良い日に気球に乗って、空から眺めたら、きっと素晴らしいことだろうと、Tちゃんに言ったら毎年3月に実施されているとのことでした。来年には建設中のホテルの展望台から、この雄大な風景が一望できるとか?シュエサンドーパコダからエーヤワデイ川の遥か彼方の山々に沈む夕日はとても美しい。

この田舎町でも、水掛祭りは盛んであった。夜になって、ホテルの通りは沢山の舞台が作られており、素人の踊りや楽団等の演奏を大勢の地元の見物客で埋まった。

ホテルは平屋で天井も高く、清潔で快適な部屋でしたが、朝方までカエルの異様な鳴き声がちょっと気になったが、慣れました。

2005年4月16日

今日も早朝から空港に急ぎ、神奈中バスで飛行機に乗り、マンダレーに向かう。マンダレーの空港の建物は新築されたばかりで、寺院様式の美しい国際空港である。

マンダレーは地理的、文化的にもミャンマーの中心と言われるだけあって、街は活気に溢れていた。ここにも沢山のパコダがあり、未完成で世界最大のパコダや白いパコダなどもあった。マンダレーヒルからの眺めも素晴らしく、地震を予知した不思議なプール尼僧の修道院への階段なども見学した。

1200mの木製のウーベインブリッジを渡る散歩も、帰り渡し舟での川渡りも楽しかった。 ミャンマーの雨季の景色も一度は見てみたいと思う。最後の王朝の旧王宮跡の外堀の水をエンジンポンプを使って水を掛けているが、大量で強力で危険な感じがする。

宿泊のサンライスホテルは都会風のホテルで、予約なしで夕食をオーダーしたために時間がかかり、Tちゃんは遅いので文句を言いに厨房に行こうとした。

2005年4月17日

今日も空路ヘーホーへ、街は水掛祭りも終わり、後片付けをしていた。心機一転仕事を始めるような様子が伺える。

海抜1300mにある長さ50Kmのインレー湖に向かって田舎の悪路を専用車で2時間走りニャンシュエノ街に到着し、ホテルに荷物をおいてインレー湖観光にでかけた。中国製のジーゼルエンジン付きのボートで出発した。強烈な太陽光が湖水を反射し、気温は40度以上にもかかわらず、湖上を水しぶきを上げながら走行するのも気持ちよかった。行き交うボートには欧州人の観光客や地元の労働者が多かった。雨季には2m以上水位が上昇するとのことである。

湖畔の人々は昔の王様が南方のデルタ地帯から連れてこられたとのことで、金職人、銀職人、鍛冶屋職人、織物職人・・・などの集落あった。色々なおみやげ物を生産・販売していた。

湖畔には木造の八角形のパコダや猫に芸をさせる僧侶がいるお寺等も見学した。

湖上に浮草と土を何重にも積み重ねてつくった浮島の農地にはトマトやキュウリやインゲン豆等を生産していた。水や肥料が不要とのことで、この智恵には驚いた。また浮島は切売りされるとか?・・・おもしろい!

夕方になって、食事のためにTちゃんと散歩に出かけた。彼女とは4日間一緒に旅行したので、私の気心も理解されて、色々な事を話してくれた。しっかりした自己研鑽意欲を持ち、人に思いやりの心を持ったすばらしい娘だと改めて思った。

宿泊はゴールドスターホテルで3階の風通しの良い、快適な部屋でした。

2005年4月18日

早朝から、どこからとなくお経が流れていた。ヘーホーに戻り、再び空路ヤンゴンに戻った。

ミャンマーはそれぞれの民族で成り立っているようですが、それぞれの民族を凝縮したテーマーパークを見学し、スパーマーケット、市場なども見学した。街はお祭り気分も抜けて、新しい気持ちで働いているようでした。

5日間という短い期間に長距離を早足で旅行しましたが、私の心に残る楽しい旅もTちゃんのお蔭です。本当にありがとうございました。

written by 加藤 武